チンギス・ハーンと長春真人
長春真人は道教の一派、全真教の道士である。本名は丘処機、字は通密という。西暦1148年棲霞県の農家に生まれ19歳のときに道士となり、翌年全真教の祖師王重陽のもとに弟子入りして「長春子」という道号を与えられている。彼は優れた道士で王重陽の高弟7人を「七真人」というが、長春真人はその中の筆頭と目されている。長春真人は師王重陽の後を継いで布教活動を行なっていたが、その人物をチンギス・ハーンが招聘したのである。
チンギス・ハーンは不老長寿の薬を得るために当時道士として有名であった長春真人を招聘したのである。しかし招聘された時点で長春真人は74歳。彼は山東半島に住んでおりチンギス・ハーンの宿営地まで約1万4千キロもの旅は不可能に思われたが、彼はその招きに応じ西暦1221年弟子18人を連れてチンギス・ハーンのもとに向かったのである。そして彼はその翌年、ヒンドゥークシュ山脈の麓、現在のアフガニスタンにあったチンギス・ハーンの宿営地にたどり着き、そこでチンギス・ハーンと面会することになるのである。
チンギス・ハーンは長春真人に会うと不老長寿の薬について尋ねた。それに対して長春真人は臆することなくそのような薬は無く、養生の法ならあることを答えている。しかしその答えを聞いたチンギス・ハーンは怒ることなく長春真人を厚く遇し、その教えによく耳を傾けたという。長春真人は西暦1223年に帰途につくがチンギス・ハーンから賦税の免除や道教の統轄権という特権を与えられ、全真教は興隆していくこととなる。チンギス・ハーンと長春真人は西暦1227年7月にともに亡くなっている。