テムジン(チンギスハーン)とジャムカ
テムジンにはジャムカというアンダ(盟友、友人)がいた。ジャムカはジャダラン(ジャジラト)氏族の出身であるが、幼い頃からのテムジンとの友情を忘れず、父親の死後苦境に立たされたテムジンを支え、テムジンが再びモンゴルの中で力を得られるように援助した。
テムジンは父の同盟者であったケレイトのトグリル・ハンや自らの盟友ジャムカといった人たちの助けを得て次第に父の持っていた往時の勢力を取り戻していくのである。
モンゴル部の中で勢力を拡大していったテムジンは次第にジャムカと反目しあうようになる。そんな中ジャムカの一族の者がテムジン配下の遊牧民の家畜を盗み出そうとして逆に射殺されるという事件が起こり、2人の中は決定的に冷え込んだ。勢力を増し続けるテムジンに対してジャムカは次第に勢力を失っていき、西暦1201年にはテムジンの前に完全に敗れ、西方へ逃亡した。
最終的にジャムカはメルキト族と組んでテムジンと戦うがこれに敗れ処刑された。テムジンはジャムカとの旧交を思い助命しようとしたがジャムカはこれを頑として受け入れなかったという。